はじめに
測定には直接測定と間接測定がある。直接測定とは、例えば物差しで対象物の長さを測定する方法である。間接測定とは測定対象と一定の関係にある測定した値から、関係する式を用いて計算で目的の値を求める方法である。本ページで取り扱うセンサーは間接測定となる。求めたい値をある手段で測定すると、その値には必ず誤差が含まれる。測定値と真値の差を誤差と呼ぶ。誤差は系統誤差と偶然誤差の2つに分類され、更に系統誤差は理論誤差、機械誤差、個人誤差の3つに分類される。理論誤差とは、例えば光学式心拍計の場合、心臓の脈動に伴って変化する血流量変化と心拍数の関係に相当するもので、この関係を表す式が間違っている場合に生じる誤差を意味する。機械誤差とは測定器固有の特性によるもので、例えば長さを測定する際に機械部品が温度によって膨張又は収縮することによって生じる誤差を意味する。個人誤差とは、例えば物差しを使って長さを測定する際に個人の癖で値を大き目に読み取ってしまう等の誤差を意味する。偶然誤差は、繰返し測定を行なった際に発生する誤差で、ある意味避けようは無いが統計的処理によって小さくすることが可能である。
本ページでは各種センサーがどのようにして値を求めているかとどのような条件が測定値に影響を与えるかを記述した。特に健康情報のようなデリケートな値がどのように扱えば良いのか把握することを目的としている。スマートウォッチで測定する場合には、その環境、デバイスの装着状態、身体の状態(安静、運動中等)等が測定値に影響を与えることが予想される。特に心拍計、血中酸素トラッキングに関しては医療機器として認可を受けたものではなく、一般的なフィットネスとウェルネスの範囲で利用することを目的としているので注意されたい。
Garmin Elevate光学式心拍計
ウェラブル端末で用いられる心拍計は心電図法(ECG、Electrocardiogram)によるものと光電脈波法(PPG、Photoplethysmography)によるものの2種類がある。前者は心臓が拍動する際に筋肉から発生する微量な電気信号を体の表面で捉えて記録したものでスマートウォッチが生まれるよりずっと前から存在する胸部に巻くバンドタイプがこれに当たる。Garmin Elevate光学式心拍計は後者を用いたもので、表皮のすぐ下の毛細血管層に緑色光を照射する時心臓の収縮期には血液中の密度の高いヘモグロビンがこの光を吸収し、拡張期には反射することを利用して反射光変化を測定し、求めた血流量変化から心拍数を推定する方式である。ECG は健康診断で心電図検査を受けることを思い出すと、ベッドに横たわり身体の各部に電極を数多く設置し安静にして測定に時間が掛かり手間の多い方法である。ECG でも日常的に装着できる程度に電極数を減らしたものがあっても、この PPG のようにスマートウォッチを手首に装着するだけの簡便さには敵わない。また、この簡便さによって 24時間装着できるメリットもあり、それなりに相関する値が得られるのならば有益な情報となり得る。一方 PPG の測定時には、運動アーティファクト(motion artifact)という手指、腕の動きが信号を乱す現象、測定に必要な光以外の光源(太陽や室内灯等の環境光)が信号に与える影響、装着している腕とセンサーの間隙の変化が信号に与える影響等を解決しなければならない。これらのノイズに対して Gramin は独自のアルゴリズムでリアルタイムにフィルタリングしているようだ。また、高強度の運動では測定間隔を狭め、低強度の運動、極端には静止状態では測定間隔を広げるという工夫で電力消費を抑えている特徴がある。
光学式心拍計の精度を上げるために Garmin は特に以下の注意を促している。即ち、正しくデバイスを装着すること、センサーを清潔に保つこと、手首の裏の組織に十分な血液が行き渡るようにアクティビティ開始前にウォームアップすること、手首の屈曲を引き起こすアクティビティの場合には装着位置を変えるか胸部に装着するセンサーを使用すること、心拍数はアクティビティ毎に計算方法が異なるので正しいアクティビティタイプを用いること、等である。検索すると、ランニングにデバイスを用いて心拍数を測定する場合、冬季に異常な値が検出されることがあるようで、必要なら胸部に巻くバンドタイプを使用すべきだろう。
2025年12月現在の Garmin光学式心拍計は第5世代が最新版である。検索した所、以下のリンクに示す第3世代から第5世代までのセンサーの写真が見つかった。更に第1世代、第2世代について調べると Forernnnerシリーズの特徴について纏めたページが見つかり、光学式心拍計を初めて採用したのが Forerunnner 225 であることが分かり、Garminのページで検索して Forerunnner 225 のセンサー側の写真が見つかった。第2世代を初めて搭載したデバイスははっきりしないが更に Pulse Ox を搭載した vívoactive J HR のセンサー側の写真が見つかった。第3世代から第5世代はそれぞれ Venu、Forerunner 965、tactix 8 である。以下にその写真を示す。
光学式心拍計:世代別のセンサーの形状と配置 | Garmin サポートセンター
GarminのForerunnerシリーズ世代別の特徴についてご紹介
Forerunner 225 | Garmin
vívoactive J HR | スマートウォッチ | Garmin 日本
第1世代
第2世代
第3世代
第4世代
第5世代
各写真を見ると緑色に発光している部位の傍に四角い窓がいくつか見える。これらはおそらく受光部だろうということで、写真より判断した発光部と受光部の数を以下の表に示す。Forerunner 965 の説明では「第4世代にパワーアップした光学式心拍計は4つのセンサーから6つのセンサーにアップグレードされ」とあり、発光部と受光部の数の合計を示しているようだが、fēnix 7 Pro の説明では「センサーの数が前世代の4個から6個に増加し、配置も新しく」とあって発光部の数にしては第4世代と一致しないし、これらの表記は何を指しているのかよく分からない。編者の認識では発光部と受光部は測定装置であり、受光部をセンサーを呼ぶのは理解するが、発光部をセンサーと呼ぶのは違和感がある。これらの数はともなく、発光部と受光部の数の増加でサンプリングする値を増やしノイズを低減する工夫をしていることが伺える。
第1世代 第2世代 第3世代 第4世代 第5世代 発光部 2 3 2 2 6 受光部 1 1 2 4 4 血中酸素トラッキング
SaO2 (arterial oxygen saturation、動脈血酸素飽和度)とは採血して直接動脈血ガス分析装置に組み込まれた COオキシメータで測定した血液中のヘモグロビンの何%が酸素と結合しているかを表す値である。一方、SpO2 (percutaneous oxygen saturation、経皮的酸素飽和度) とは経皮的に測定した値で本センサーではこの値を指す。基本的な原理は光学式心拍計と同じで光源として赤色光と赤外光を用いることが異なる。血液中のヘモグロビンに含まれる酸素のレベルが2種類の光の吸収に影響を与え、オキシヘモグロビン(oxyhemoglobin、酸素化ヘモグロビン、酸素と結合したヘモグロビン)が赤色光を吸収、赤外光を透過、デオキシヘモグロビン(deoxyhemoglobin、脱酸素化ヘモグロビン、酸素と結合していないヘモグロビン)が逆に赤色光を透過、赤外光を吸収する。即ち酸素レベルが高いと赤外光が吸収され、酸素レベルが低いと赤色光が吸収されるので、2種類の光の吸収の比から酸素レベルを推定している。
得られた信号は、AC(交流)成分とDC(直流)成分に分けられる。DC成分は、皮膚、筋肉、骨、静脈血といった反射物によって生じる。AC成分は、体動が少ない場合、主に動脈血の脈動からの反射光によって構成され、心拍数と動脈の厚さに依存する。AC成分とDC成分の比を PI(Perfusion Index、灌流指標と呼び、正しい値の測定にはこの値を大きくすることが必要とされる。
市販されている血中酸素の測定器(パルスオキシメータ)では指を挟むタイプが一般的で透過光を用いて測定する。この場合、毛細血管の密度が高いので測定値の安定性と再現性が高くなり姿勢の変動の影響を受けにくくなり、PIが向上する。一方、Garminの採用するセンサーは反射光を用いて測定し、動脈は皮膚、脂肪、骨など、光を反射する要素の下の深い位置に存在するのでDC成分が非常に大きくなり、PIが低下する。発光部と受光部の間隔はPIに影響し、間隔が狭いと発光部から受光部へのクロストーク(伝送信号が他の伝送路に漏れること)と後方散乱が増大し、DC成分が増える。間隔を広げるとそれらが減少するが、受光部の出力と受光部のリターン電流の比である電流伝達率(CTR)が低下する。光源を複数、高速、パルス状に発光させることで、信号に対する1/fノイズの影響を低減できる。また、LEDをパルス状に発光させることにより、受信側で同期変調を使用して周辺光による干渉を相殺、複数パルスの積分で受光部での信号の振幅が大きくなり、平均消費電流を下げる等の利点がある。受光部の総面積を増加させるとより多くの反射光を取り込むことが可能になり、CTRも増加する。
このようにスマートウォッチを手首に装着する方法は精度を高めるために色々な工夫が必要であるが、指を挟むタイプより簡便であるし、Garminのように睡眠時のみ測定できる場合には体動と周囲の光の影響を小さくできるメリットを生かして日々記録し続けることが重要と考える。
測定時に手を動かしたり、指を振ったりしない、安静にするのは当然だが、皮膚表面の汗、水分、クリーム等を除去するように Instinct3 Dual Power の取扱説明書に記載されている。デバイスの装着位置も手の甲側の尺骨の突起にかからない位置に、バンドがきつすぎない程度にしっかりと装着し、腕を心臓の高さまで上げて静止するように指示があるし、原理的にも周囲の強い光が当たらないようにする等の注意が必要である。屋外使用を視野に入れた機器での脈波計測では、血液中のヘモグロビンの吸収率が高く、外乱光の影響の少ない緑色の光源が適しているということは、赤色光と赤外光を用いる血中酸素の測定では屋内の利用が望ましいと考える。
Blood Oxygen Tracking(血中酸素トラッキング)の使用時に電力消費が激しくなる理由について記述している文書を見つけられなかった。OSRAM の製品で緑色光、赤色光、赤外光の一体型LEDのカタログによると、それぞれ消費電力が 0.046W、0.038W、0.026W となっている。赤色光と赤外光を合せると0.064Wとなり、緑色光よりも消費電力が大きくなる。
参考ページ
- はじめての誤差論 - 武内@筑波大
- 心電図(ECG・EKG)とは|ヘルスケア手帳
- 脈波センサ | センサとは? | エレクトロニクス豆知識 | ローム株式会社-ROHM Semiconductor
- Garmin Elevate 光学式心拍計 | Garmin
- 短時間のデータから、光電脈波特性の推定誤差の評価に成功~測定精度の向上により、ウェアラブルデバイスへの応用に寄与~|東京理科大学
- スマートウォッチの光電容積脈波(PPG)による血圧モニタリング | ウェルビーイングクリニック駒沢公園
- 光学式心拍計の仕組みと精度を解説│誤差要因、改善方法も紹介 | Unattached Runner
- 光学式心拍計の精度を上げるには | Instinct 3 Dual Power | Garmin サポートセンター
- 血中酸素トラッキング機能 | Garmin
- ヘモグロビン | 看護師の用語辞典 | 看護roo![カンゴルー]
- 測定原理:パルスオキシメータ|技術情報|医療関係の皆様へ|日本光電
- パルスオキシメータ HPO-200T3 取扱説明書
- 正しいパルスオキシメータの使い方、神谷敏之、人工呼吸 Jpn J Respir Care 2021;38:150-155
- Q&Aパルスオキシメータハンドブック
- よくわかるパルスオキシメータ
- より優れたパルス・オキシメータの設計 | Analog Devices
- 特集:生体の光応用計測 光による血中酸素濃度の計測の実際、青柳卓雄、BME 4巻(1990)4号
- パルスオキシメータの原理、小坂誠ら、日集中医誌 2016;23:625-31
- OSRAM MULTILED™, SFH 7018A Multi color LEDs | ams OSRAM
- ヘルスモニタリングのための心拍変動解析
- Forerunner 965 | スマートウォッチ | Garmin 日本
- fēnix 7 Pro パフォーマンスの進化へと導くマルチスポーツGPSウォッチ | Garmin 日本